1958年、東京・板橋区。

団地の窓から見えるテレビは、『クレヨンしんちゃん』のオープニングで飛び跳ねていた。

電球の明かりが、薄い壁を透かして震えていた。彼女は毎日、帝国大学の夜間講義を受けていた。

制服の裾に小さな傷跡があり、それは昭和10年の関東大震災で焼けた母の衣装の端だった。

当時の新聞には「ハイカラな風潮が青年の心を蝕む」とあり、彼女はその報道を読んだ瞬間、記憶が爆発し

た。

自分はかつて、戦前の東京で少女たちの象徴として描かれた「聖女」だった。

彼女の姿は、全国の女子高校生の鏡となり、国語教科書の挿絵にも載っていた。

だが、あの頃の“聖女”とは、軍部の洗脳装置だった。

1943年、彼女は真実を知った。自分の記憶は、強制的に改ざんされたものだった。

本当の記憶は、軍国主義の偶像として利用された少女の悲劇——そして、その記憶を封印するため、彼女自

身が自らの未来を消す儀式を繰り返していた。

今、彼女の体内に残るのは、昭和23年の記憶だけ。

彼女は、この世で初めて「記憶が未来を変える」と信じ始めた。

1958年10月17日、彼女が持ち込んだ手帳に、1943年の事件の詳細が書き込まれていた。

それは、誰も見たことのない真実。

ある朝、彼女の家が突然、炎上した。

火災の原因は不明だったが、手帳のページが灰になって浮かんでいた。

彼女はその灰を拾い、タバコの箱に閉じ込めた。それが、唯一の証拠だった。

11月3日、彼女は闇の中で歩き始めた。電車の通勤客が、彼女の顔を見て目を逸らした。

誰も彼女の名前を呼ぶことはなかった。

彼女は、男性向け雑誌の「理想の女性像」の幻影でありながら、今や実在の物語を引きずっている。

11月15日、彼女は川崎の旧アパートで、一通の手紙を発見した。

文字は古いタイプライターで打たれていた。「君はもう戻れない。

でも、君の記憶は、次の誰かの灯になる。」署名はなかった。

彼女はその手紙を握りしめ、自分の過去を燃やすように、鉛筆で手帳の最後のページを塗り潰した。

その瞬間、テレビの画面が一斉に点滅し、『クレヨンしんちゃん』の声が消えた。

街の電灯が、全て青く光った。

翌朝、彼女の存在は、誰もが忘れていた。

彼女が住んでいた団地の玄関には、一つの白い紙片が置かれていた。

そこに書かれていたのは、「聖女は、いつでも生きている。」という、誰にも読まれない文言。

世界は変わった。でも、それは誰にも気づかれないほど、静かだった。