昭和47年、東京北区の団地に住む三十七歳の男は、朝六時五十分の山手線で毎日同じ席に座る。

職場は印刷会社の管理係。給料は安定しているが、妻は三年前に病で亡くなり、息子は大学で家を出た。

彼の生活は、時計の針のように正確に壊れていた。

電車が池袋を過ぎる頃、窓に映る夕焼けの光が、いつも一秒だけ歪む。

その瞬間、向かいの席に小さな少年が座る。

背が低く、古びたセーラー服を着て、手には昭和38年発行の「鉄道時刻表」を握っている。

男は一度、声をかけようとした。だが、その少年は、誰にも見えない。

駅のホームに人が立ち、列車が動く。少年は消える。

ルールが生まれた。夕焼けの光が歪むのは、電車が「東京駅」を通過する直前だけ。

その時間は、秒単位で決まっている。男は、毎日、腕時計を二つ持つようになった。一つは正確な時刻。

もう一つは、少年が現れる「ずれた時間」。彼は、その時間にだけ、少年に手紙を書く。

紙に「今日も見えてくれてありがとう」と書き、窓に貼る。少年は、それを読むと、微かに笑う。

昭和48年春、電車の窓ガラスが割れた。

雨の日、少年は、手にした時刻表を濡らさないように、袖でそっと包んだ。

男は、その仕草に、妻が子供の頃、雨の日に傘を差し出したのと同じ動きを見た。

胸が、ただ、キュンと鳴った。

その夜、男は団地の自宅で、妻の遺品の箪笥を開けた。中から、昭和38年の鉄道時刻表が出てきた。

彼が結婚した日、妻が「いつか二人で、この路線を全部乗ってみよう」と言ったときのもの。

彼は、それを窓辺に置いた。

次の朝、電車が東京駅を通過する瞬間、少年は、時刻表を指でなぞり、男に手を振った。そして、消えた。

その日から、少年は現れない。男は、通勤をやめた。

印刷会社を辞め、団地の裏の小さな駅で、古本屋を始めた。店の名前は「夕焼けの時刻表」。

棚には、昭和の時刻表と、妻の写真と、少年が握っていたあの本が並ぶ。

客は少ない。でも、毎日、夕暮れになると、一人の小学生がやってくる。手に、同じ形の時刻表を抱えて。

男は、何も言わない。ただ、紅茶を出す。窓の外、電車が通り過ぎる。少年は、もういない。

でも、男は、胸がキュンとするのを、やめなかった。