昭和38年、東京・上野の再建街。
喫茶店「アカシア」の店主・佐藤清は、戦災で両親を亡くし、震災後の孤児院で育った。
店の壁に掛かるアンティーク時計は、昭和25年、復興工事中に掘り出された金属製の不思議な機械。
針は十年以上動かず、客は「おしゃれな置物」と笑う。
清は毎朝、時計のガラスを磨き、コーヒーの香りで店を満たす。ルールは一つ——「時計に触れるな」。
工事現場で触れた男が、翌日妻の名前を忘れ、三日後には息子の顔さえ思い出せなくなった。
新聞に載った「記憶喪失の謎」は、誰もが「戦災のトラウマ」と片付けた。
ある雨の夜、女学生が店に駆け込む。制服の胸元に、帝国大学の徽章が光る。
彼女は「時計を見せて」と言う。清は拒んだ。彼女は指でガラスを叩く。針が一瞬、逆回転した。
次の朝、清は自分の記憶が削られていることに気づく。
母の声、父の手のひらの熱、戦災で焼けた小学校の校門——すべてが、白い埃のように消えていた。
代わりに、女学生の名前が頭に刻まれた。彼女は「山田千代」。
だが、彼女の存在を証明するものは、店のカウンターに残った一枚の写真だけ。
昭和27年、同じ場所で撮られた、少年と少女の笑顔。
清は時計を分解した。内部には、戦時中に軍が開発した「記憶蓄積装置」が収められていた。
戦地で死ぬ兵士の最後の思い出を、母国に送るための機械。
戦後、工事隊が誤って起動させ、記憶は街の空気中に散らばった。時計は、その記憶の「受信機」だった。
清は自分が、装置の「送信者」だったことを覚醒する。彼の記憶が、誰かの記憶を補填していた。
戦災で失った家族の記憶を、他人の記憶で埋めていたのだ。
千代は、戦時中にこの装置で記憶を奪われた少女。彼女の記憶は、清の手で救われた。
しかし、装置が再起動した今、清の記憶は、彼女のものへと流れていく。
清は時計をハンマーで叩き割った。ガラスの破片が床に散り、機械の芯が火花を散らす。再び針が動いた。
今度は、ゆっくりと、正の方向へ。
翌朝、店は空っぽだった。千代の写真は消え、カウンターには一枚のレシートだけ。コーヒー一杯、無料。
日付は、昭和27年4月15日。
清は、誰かの記憶を奪わずに、自分の記憶を捧げた。
店の時計は、二度と動かない。
客は、また「おしゃれな置物」と言う。
でも、清は、あの日、千代が笑った顔を、もう一度、思い出す。
その記憶は、誰にも渡さなかった。
だから、彼だけが、持っていた。
哀愁は、冷めたコーヒーの香りのように、店に残った。


