東京の地下深く、2035年から始まった「再現都市計画」が完成した。
地下150メートルの断層に浮かぶ古代遺跡は、電磁波干渉によって人間の記憶と行動を再構成するシステ
ムを内蔵していた。
この世界では、政府が「社会安定プログラム」として導入した契約結婚制度が、自動的に婚姻登録と精神統
合を強制する。
義理の兄妹である健太と美咲は、国立遺跡研究所の特別調査班に任命された。
彼らの任務は、都市下部に発見された「神殿式記憶装置」の動作確認。
実際の名前は「終焉の契約回路」——効果範囲内に入ると、心臓の鼓動と同期した脈動信号が脳に送られ、
過去の契約記憶がフラッシュバックする。
調査開始48時間後、美咲が最初の反応を示した。
彼女の意識が一瞬、1927年の帝国大学キャンパスに飛ばされ、女学生たちがハイカラなスカーフを巻き
ながら「あたし、結婚するわよ」と言い放つ声を聞いた。
その瞬間、彼女の指先が自動的に弟の手を握り、視線が重なった。
記憶の再現は、感情も含めてリアルに再演される。
健太は気づいた。自分も同じ記憶の中にいる。
かつての彼は、当時16歳の美咲を保護するために、虚偽の義理の兄として登録された。
そのときの契約書の文言が、現在の遺跡内の壁面に刻まれていた。
契約は「継続的再生成」を条件としており、一度記録された関係は、物理的距離や時間経過を越えて自動復
活する。
現場の監視カメラが異常を検知した。周囲のエアコンパネルから赤い霧が噴出。
圧力変化に伴い、地下空間の空気密度が変化し、酸素濃度が急上昇。
これは「記憶融合の臨界点」を意味する。誰もが自分の過去の契約パートナーを再認識する。
健太が美咲の腕を振り払おうとした瞬間、彼女の瞳が完全に青白くなった。
音声認識システムが自動起動し、「契約成立」のアナウンスが響いた。
彼の左手首に、新たに浮かんだ金属製の印が光った。
現場の照明が一斉に消えた。その後、全員が静止し、互いの顔を見つめ合う。
何も言わず、ただ呼吸だけが続く。空気の性質が変わった。
人の意志が、自らの記憶に強く影響されるようになった。
健太の頭の中にある「兄弟」という枠が、文字通り崩壊した。彼は美咲の手を離さなかった。
その行為が、契約回路の停止条件をトリガーした。遺跡内部の機械が鳴り止んだ。
空気が元に戻り、冷たい風が吹き抜ける。
地上へ戻ったのは、三人の調査員だけだった。
他のメンバーは記憶の定着により、すでに別の場所に「生きている」。
健太と美咲は、報告書に「遺跡は機能不全」と記した。
しかし、彼のポケットの中には、美咲が握らせた古い切符が残っていた。駅名は「銀座」。
日付は1935年。
この世界では、契約が生まれる瞬間、すべての未来が書き換えられる。


