関東大震災後の町並みがまだ瓦礫の匂いを残す1923年、陸軍少尉・佐藤健一は銀座の商店街で倒れた。
意識を失った瞬間、時計の針が逆回転した。
目覚めたとき、彼は1945年8月15日の午前中、自宅の庭に立っていた。
空は青く、焼け野原の香りはなく、風に揺れる桜の葉が静かに落ちる。
彼の脳裏に浮かぶのは、過去の記憶ではない。あの戦場での血の味、妻の死、そして敗戦直前の命令。
だが今、彼は『その記憶』を持つ前に、人生を再び歩いている。戦争は起きない。
帝国大学の学生たちはハイカラな洋服を着て、女学生が図書館で西洋文学を読んでいる。
ある朝、新聞の見出しに「昭和天皇陛下、宮城に御在位」とあり、彼は手を震わせた。
自分の記憶が、この世界の歴史を歪めている。戦争の記憶が、未来を動かしている。
彼は「戦争が起きない」ことを願ったが、その願いが、自分自身を縛りつけるルールになった。
毎日、彼は同じ朝を繰り返す。電車の音、売店のラジオ、母が作る朝ごはん。
すべてが「スイート」に見える。でも、その甘さの裏に、誰も知らない重みがある。
彼が帰るべき「時間」は、既に存在しない。
ある日、彼が駅前の時計塔を見上げたとき、秒針が突然止まった。その瞬間、記憶が押し寄せてきた。
1945年、彼は戦地で銃撃された。
死の直前、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた——それは、まだ生まれていない娘の声だった。
彼は時計塔の下で膝をつき、顔を伏せた。すべてが戻らない。戦争がなくても、彼の記憶は真実だ。
だから、この「スイート」な日々を生きるという選択肢は、ただの逃避ではない。
翌朝、彼はいつも通り出勤した。制服の胸ポケットには、一枚の写真が入っている。娘の笑顔。
その顔は、この時代にいない。でも、彼の心臓が脈打つように、確かに存在していた。
世界は変わった。戦争はなかった。でも、彼の記憶は、それでも傷ついていた。
このまま、無言で、毎日を繰り返す。
それが、彼の選んだ戦場だった。


