1893年、東京・新橋駅の地下工房。

錬金術師・佐藤清は、帝国大学理学部の卒業生として登校するが、身分証明書には「下級職員」の烙印が押

されていた。

彼の父は官僚の下働きであり、母は町内の売買女。

この時代、階級は血筋と職務で決定され、錬金術の技術は軍需部門の秘匿品として扱われていた。

清は毎朝、駅構内の廃棄物収集車に隠し持つ銅屑を運び、夜な夜な蒸気機関の排熱を利用して金属の変換実

験を繰り返していた。

その技術は、銀を金に変えられるという伝説以上のものだった——だが、それは「人間の魂の重さを測る装

置」として機能していた。

卒業式当日、清は制服姿で講堂に現れた。彼の名前はリストに載っていなかった。

会場のスクリーンには、大正元年の新政府勧奨文が流れていた:「国家の未来は、血統と勤務態度によって

選ばれん。

」その瞬間、清が持っていた銀製ペンケースが発光し、周囲の空気が歪んだ。

教官たちの視線が集中する中、清は自身の左手を切って、血を金属板に滴らせた。

血は銅に反応し、一瞬で赤黒く燃え上がり、その炎は上空へ伸び、鉄道線路の架線を焼き尽くした。

異常な光が拡散し、駅内の人々の記憶が次々と失われ始めた。

誰もが「自分は何をしていたのか」を忘れ、清の顔さえも思い出せなくなった。

式典終了後、駅舎の瓦礫の間に一人だけ残ったのは、清の恋人・千代子。

彼女は女学生であり、母親が娼館に雇われているため、家族の名前は戸籍から抹消されていた。

彼女は清の背中に手を置き、静かに呟いた。

「もう帰れないね」——しかし、その声は次の瞬間、誰にも聞こえなくなった。

清の身体は空中に浮き、肌の下から白い粉が噴出し、最終的に完全に消失した。跡形もなく。

駅のガラスは割れ、時計の針は逆回転し、新聞の印刷が「昭和五年」に書き換えられた。

全ての記録が改ざんされたかのように、過去は再編された。

二週間後、新たな卒業生が講堂に入ってきた。彼の名前は「佐藤清」。

履歴書には「家系:不明」「職業:研究助手」。彼の持つ銀のペンケースは、まだ温かかった。