大正十五年十月、東京・浅草の裏神社で、巫女・千代は神託の言葉を耳にする。

時が二度と流れないという禁忌の儀式。

神域は震災で崩壊した地にのみ残り、その場で一瞬だけ過去に戻れる——ただし、戻るたびに体の一部が灰

になる。

彼女は三年前の関東大震災の日、午前十一時五十八分に戻る。石畳が裂け、瓦が雨のように降る直前。

女学生たちが校舎の廊下を駆け抜ける音が聞こえる。千代は袖を裂き、神札を握りしめて走る。

二十七人の命を救うため、七回、時を斬った。

四回目で右手が消えた。五回目で左足の皮膚が風化した。

六回目、彼女は小学校の玄関で、机の上に置かれたおにぎりの包み紙を拾った。

昭和三年の新聞に載った、あの日の給食の記録。彼女はそれを胸に抱き、七回目の儀式を開始した。

七回目、彼女は神社の土俵に立ったまま、全身が霞のように溶けていった。

その直後、震災の揺れは三秒遅れて起こった。校舎の梁が落ちる寸前に、生徒たちが外に逃げ出した。

十人、二十人、二十七人——全員、生きていた。

翌朝、浅草の神社跡には、巫女の姿はなかった。ただ、境内の杉の木に、一枚の神札が風に揺れていた。

その裏には、誰も読めない文字で「ありがとう」と書かれていた。

代償のルールは、一度だけ、誰にも知られずに使えた。それ以外は、神域に踏み込んだ者、必ず灰になる。

千代は、そのルールを自らが最初で最後の犠牲者となった。