昭和七年、帝国大学付属女子学寮の新入生は、石の校舎の壁に刻まれた「十二時前に寮に戻らねば、自分の
席が消える」という掲示を無視した。
翌朝、彼女の机は存在せず、代わりに廊下の床に、黒い粉になった制服の破片が散らばっていた。
学寮は戦前、西洋式教育の象徴として建てられたが、関東大震災の復興工事中に地下の古墳遺跡が発見され
た。
学寮の石壁は、その遺跡の「調和の法則」を吸収し、生徒の行動に応じて空間を再構築するようになった。
規則を守れば、廊下は暖かく、窓からは桜の香りが漂う。
守らなければ、壁が皮膚のように体を包み込み、骨の形で残る。
三年生の女子は、この仕組みを知りながらも、学園ヒエラルキーの頂点に立つ「優等生グループ」に逆らっ
た。
彼女は毎晩、寮の外で図書館の残り火を眺め、戦争への道を疑う新聞の切り抜きを懐に隠していた。
ある夜、彼女は十二時を二分過ぎて戻った。壁が動き出した。
彼女の右足が石に変わり、膝まで固まるまで、誰も助けなかった。
優等生たちは、その光景を黙って見ていた。規則は、権力者を守るためにあると、誰もが知っていたから。
翌日、彼女の足は「校舎の一部」として、階段の手すりに刻まれた。
校舎の石は、今も彼女の足首の形をしている。
新入生たちは、その部分に手を当てると、冷たさと、わずかに残った香水の香りを感じる。
誰もがそれを「学園の伝統」と呼ぶ。誰も、彼女が何を読み、何を恐れていたのか、問わない。
学寮の規則は、二つだけ。
一つ目:十二時前には必ず寮に戻る。
二つ目:誰かが消えても、その名を口にするな。
その二つを守れば、校舎は美しく、桜が咲き、茶菓子の香りが廊下を満たす。
守らなければ、自分の体が、誰も思い出せない石になる。


