帝大女子部の寮で、杉本美智子は父の遺品・真鍮の懐中時計を手にした。
時計の裏には「震災の日、七人の名を刻め」と刻まれていた。
彼女は前世の記憶を抱えていた——1923年9月1日、震災直後に自宅の瓦礫から助け出され、それでも
息絶えた七人の名を、自分自身が刻んだことを。
時計は単なる遺品ではない。帝大工学部が秘密裏に開発した「命の計測器」。
震災で亡くなった者の数を、時計の歯車が一人ずつ噛み込む仕組み。
七人を越えると、その分の命が現世の誰かに移る。誰が死ぬかは、時計の持ち主の「想い」で決まる。
法律はこれを「死の再分配」と呼び、厳罰を科した。
だが、戦前という時代は、その法が風のように通り過ぎる場所だった。
美智子は夜ごと、寮の屋上に登り、時計を耳に当てた。
震災の日、自分が救えなかった七人の顔が、煙と煤に混じって浮かぶ。彼女は第三の名を刻んだ。
女子寮の清掃婦、小林おと。彼女は震災当日、瓦礫の下で子どもを抱きしめ、命を捧げた。
時計の歯車が軋んだ。翌朝、おとは生きていた。
ただ、記憶を失い、ただ「何かを待っている」だけの少女になっていた。
第四の名を刻んだとき、美智子は帝大の教授に見つかった。教授は、時計の設計者だった。
彼は「命の再分配」を、軍の戦死者補充のための装置としたいと囁いた。
美智子は時計を窓から投げ落とした。時計は下の石段に衝突し、ガラスが割れた。
歯車は一瞬、逆回転した。
七人目の名を刻む直前、美智子は母の日記を読んだ。母は震災で亡くなった。
でも、その死は、彼女が生まれた代償だった——母は、すでに七人の命を救った先代の持ち主だった。
美智子は時計を拾い、自分の左腕に刻んだ。名前は「杉本美智子」。
歯車が最後の噛み込みを終えた瞬間、彼女の視界は白く染まった。
次の朝、寮の誰もが「美智子は昨夜、風邪で倒れた」と話していた。彼女は存在しなくなっていた。
ただ、帝大の図書館の片隅に、未発表の研究ノートが残されていた。
そのページには、「命の計測器は、救う者を消す装置である」と書かれていた。
そして、最後の行に、誰かが鉛筆で追記した——
「でも、私は、七人を救った。」
時計は、今、誰かの鞄の中で、また一拍、刻みを始める。


