昭和七年、東京・神田の古びた洋館。

女学生が通う帝国大学の裏で、魔物と人間の交わりを禁じる「神社儀礼」が再開された。

この儀礼は、関東大震災後に復興した神社が、西洋の科学と伝統の融合を試みる形で生み出した世界の仕組

み——魔物が人間の影に寄生するたび、その家系の血が枯れ、次代の子が生まれなくなるという法則。

魔物は「影の住人」と呼ばれ、公には存在しない。

メイドのアヤは、その影の住人だった。両親を震災で亡くし、神社の下僕として育てられた。

彼女の手には、魔物の血が流れるという証の紫の痣がある。

主人の娘は、彼女を「家族のようだ」と言っていた。

しかし、儀礼の日が近づくと、神社の執事は、アヤを「儀式の供物」として選んだ。

魔物の血が薄まった者こそ、儀礼の核になる。彼女が消えれば、東京の魔物は三日で全滅する。

儀礼の前夜、アヤは主人の娘の部屋に、手作りの和菓子を置いた。

黒糖と栗の餡、昭和三年の駄菓子屋で売られていた味。娘はそれを一口食べ、涙を流さなかった。

ただ、窓の外の電灯を消した。電灯が消えると、影が動く。アヤの影が、三つに分かれた。

儀礼当日、神社の石段に立つアヤの背中には、十二本の朱い糸が縛られた。

これは、魔物の魂を人間の血に繋ぎ止める「逆縁の呪」。神官が唱える言葉は、誰にも聞こえない。

代わりに、空気が歪んだ。街のブラウン管テレビが、昨日のニュース映像を再生し始めた。

同じ場所、同じ時間、同じアヤが、もう一度、神社に立っている。

儀礼が完了した瞬間、アヤの身体は粉のように崩れた。しかし、彼女の影が、神社の石柱に残った。

その影は、翌朝、東京のどこかで、別の少女の後ろに現れた。

少女は、アヤの痣と同じ紫の斑点を、手首に持っていた。

神社は、儀礼が成功したと発表した。魔物の出現は、一週間、ゼロになった。

しかし、電灯が消えるたび、街のどこかで、誰かが、和菓子の味を思い出していた。

誰も、アヤが誰かの影になったことを、言わなかった。

世界は、魔物が「影」で生きるようになった。

儀礼は、犠牲を殺すのではなく、移す仕組みに変わっていた。

そして、次に選ばれるのは、あの娘のメイドだった。