1923年、関東大震災後の東京。木造住宅街の隅で、銀杏並木の影が夕焼けを裂いた。

ある日、帝国大学の文学部に通う女学生・佐伯由美子が目覚めたのは、別世界の山奥の廃寺だった。

記憶は断片的だったが、彼女の身体には「転生」という烙印が刻まれていた——今いるこの世界は、人間と

妖魔が共存する仕組みが既に定着しており、人間は「儀礼的同化」によって妖魔社会に溶け込まねば生きて

いけない。

由美子はかつての記憶を辿りながら、自身が「異世界転生」した事実を突き止める。

だがその瞬間、村の祠で見知らぬ男が彼女を追いかけてきた。顔は似ている。

細い眉、鉛筆の様な髪型、制服の襟元にあしらわれた金色の紋章。義理の兄・佐伯健一郎。

彼はすでにこの世界で「妖魔許容契約」を結び、人間の身分を捨てて「混血者」として生きている。

彼の存在は、由美子にとって衝撃だった。

かつての日本では、義理の兄妹は血縁ではないため、婚姻や親密な接触は禁忌。

だがこの世界では、「血の繋がり」よりも「契約の絆」が重視される。

つまり、健一郎が由美子を保護するのは、単なる家族愛ではなく、契約上の義務である。

由美子は自分の身を守るために、町の「姉妹会」に登録した。

女性向けの組織で、他の転生者たちが集まり、生活技術や情報交換をしていた。

しかし、ある夜、会の会長が突然、由美子の出身地を調べ始め、その場で「異邦人扱い」を宣言した。

規則として「異世界からの転生者は、初期段階で監視対象となる」。

これは誰もが知っている「硬質ルール」。

違反者には「帰還命令」が発令され、強制的に旧世界へ送還される。

由美子は逃げた。だが健一郎が現れた。

彼は「あなたの存在が、この地域の均衡を崩す」と言い、彼女を連行しようとした。

由美子はその瞬間、自分が何を失ったかを理解した。この世界に根を張れば、故郷の記憶は薄れる。

帰れば、また生きることの意味が問われる。

決断は、刹那に降った。由美子は健一郎の手を握り、自らの契約書を引き裂いた。

彼女の声は聞こえなかったが、動きだけは明確だった。

そこにあるのは、過去の自己ではなく、今の自分を選びたいという意志だった。

翌朝、由美子の姿は町の役場に残されていた。彼女の名前は「抹消」された。

健一郎の名前も同時に削除された。

しかしその日の午後、学校の庭で、女学生たちが新しい制服を着て、風に吹かれる銀杏の葉を見上げていた

由美子はいない。でも、彼女の存在が、何かを変えていた。