大正十五年春、東京・神田の神社で、二十歳の巫女が御札を繕っていた。

彼女は三年前、帝国大学の学生だった男に恋した。

彼はハイカラなコートにネクタイを結び、図書館で彼女に本を返すたびに、笑顔で「また来ます」と言った

その声は、今も耳に残る。だが、彼女は神社の掟で、恋を禁じられていた。

巫女は、神の使いではなく、神の器。心が乱れれば、祟りが降ると、祖母は言っていた。

彼が消えたのは、関東大震災の二年後、昭和二年十一月。彼の名前は新聞に載らなかった。

彼は、帝国大学の研究室で、新しく開発された「時間記録紙」の実験に巻き込まれた。

それは、人の記憶を紙に焼き付ける装置。政府が軍需に転用しようとしていた。

彼は、自分が死ぬ日を紙に刻んだ。その紙は、神社の御札に混じって、彼女の手元に届いた。

誰もが「偶然」と言った。だが、彼女は知っていた。

あの日、彼が神社に来たとき、彼女は参拝客の神籤を渡すのに忙しく、彼の手を取らなかった。

その一瞬が、彼の最後の記憶だった。

御札に刻まれた時間の傷は、夜になると微かに光る。彼女は毎晩、その光を見つめた。

彼の最後の記憶は、電車の窓から見える、秋の銀杏並木。

彼は、彼女の手を取ろうとして、ホームでつまずいた。列車が入ってきた。彼は、笑った。

その笑顔は、彼女が見た、唯一の「自由」だった。彼は、軍の機密を漏らすつもりはなかった。

ただ、彼女に会いに来たかった。その紙は、神社の掟に反する。

巫女が恋の記憶を保つことは、神に不敬とされた。だが、彼女は御札を隠した。

そして、彼の死んだ日、彼女は初めて、神社の裏の井戸に手を浸した。

水に映ったのは、彼の顔ではなく、彼が拾った、赤い葉っぱの形だった。

彼女の手元には、今も一枚の御札がある。紙の端に、小さな銀杏の葉が、墨で描かれている。

誰もが「これは祈りの印だ」と言う。彼女は、それを頬に当てて、笑う。

彼が死んだ日、彼女は神事に集中しなかった。だから、彼は生きた。それだけ。

それが、この世界の、最も甘い罰だった。