終末の昭和二十年、東京の廃墟に浮かぶ電車は、人間と異種族の共存を禁じる「混合運行禁止令」の下、聖

女だけが乗れる特別列車だった。

彼女は神託を受けて街を巡り、病を癒し、死にかけた者を蘇らせる——しかし、その力は「異種族の命を救

うと、自身の寿命が削られる」規則で成り立っていた。

女学生・佐倉千代は、関東大震災で家族を失い、帝国大学の生物学部で異種族の遺伝子を研究していた。

彼女は聖女の奇跡が、実は「異種族の涙」でしか発動しないことを突き止める。

聖女は人間の血を吸わないと力が枯れる——だが、異種族の涙なら、ただの温かさで足りる。

ある冬の朝、聖女は列車の終点で、風邪をひいた異種族の少年を抱きかかえた。

彼の涙が彼女の手に落ち、掌に芽が生えた。周囲の警備兵が銃を構える。規則は明確だ。

聖女が異種族に触れれば、即座に処刑。

代わりに、千代は聖女の袖を引いた。

二人は電車の扉を閉め、運行停止の信号を無視して、山手線の残る一本の軌道を走り出した。

車内には、異種族の少女が持ってきた小さなあんぱんと、千代が隠したラジオの雑音だけが響く。

聖女の手の芽は、あんぱんの甘い匂いに触れて、赤い花を咲かせた。

異種族の涙は、人間の涙と同じ塩味だった。

警備隊の追跡は、電車が廃駅に止まった瞬間に止まった。

駅のホームには、戦災孤児たちが集まり、手に持った駄菓子を差し出した。

異種族の少年が、一つの飴玉を聖女の手に置く。彼女は、それを口にした。

涙がまた、落ちた。

聖女の髪が、白から薄いピンクに染まり始めた。寿命は減る。

だが、花は次々と駅の壁に咲き、風で揺れる。子どもたちは、その花を摘んで、異種族の腕に飾った。

規則は、変わったわけではない。

ただ、誰も、それを止められなくなった。

この日から、東京の廃墟に、電車の終点で「ほのぼの」とした時間だけが、合法的に存在し始めた。