東京湾上に浮かぶ人工島・空桜学院。
大正十四年、関東大震災後の復興を象徴するこの学園では、学生の精神安定のため「夢管理システム」が導
入されていた。
全寮制のため、生徒らの眠りは集約され、専任の教員が夢の流れを調整する。
技術の根幹は「想波(そうは)」——感情を電磁波のように読み取り、干渉できるSFメカニズム。
社会秩序の維持装置として機能し、政府補助のもとで運営されていた。
主人公は第三夢課所属の女性教員。
帝国大学出の魔法教師と呼ばれる存在で、想波操作資格を持つ国家公務員。
制服の襟に銀の夢紋章をつけ、夜ごと生徒たちの潜在意識へ潜行する。
彼女の任務は悪夢の遮断と、過剰な情動の抑制。
特に貴族系進学校のため、身分差による心理的歪みが多く、処理負荷は高い。
しかし彼女自身、平民出身でありながら昇進した異例の人物。
周囲の冷淡な視線は、業務報告書の脚注にだけ記録される。
ある晩、成績優秀だが孤立する男子生徒の夢域に侵入する。
彼の夢は反復する廊下——開けない扉、届かない声。
想波解析で判明するのは、幼なじみの女子に対する思い。相手は華族令嬢、婚約内定済み。
彼の感情は「不適切」とシステムが判定し、自動抑制がかかっていた。
彼女の介入で一時的に解放されるが、翌朝、生徒は自室で気絶している。
夢と現実の同期障害——規則違反の証拠。
調査委員会が招集される。夢への過度な干渉は、「個人の内面自律性」を損なうとして禁止されている。
彼女は処分覚悟でログデータを開示。そこには、令嬢の夢にも同じ廊下が出現していた事実。
双方の想波が自然共振しており、システムがこれを「危険」と誤検知していた。
感情の共鳴は、想波ネットワーク全体に漣を広げ始めていた。
彼女は無給休職処分を受け、空桜学院を去る。
だが退職当日、寮舎の複数の生徒が同時に目覚めず、夢中で互いを探し始める。
令嬢もまた、廊下の向こうにいる誰かを求め、無意識に想波を発信。集合的な夢の連鎖が起きていた。
システムはこれを“感染”と判断し、全員の夢を強制終了させようとする。
彼女は無許可で旧アクセス端末を使い、ネットワークに再接続。夢の合流地点へ単独潜行。
そこで見たのは、生徒たちが自発的に築いた共有夢景——木造校舎と満開の桜、ラジオから流れる流行歌。
身分も階級もない、ただの放課後。彼女はそこに留まり、想波のルールを書き換える。
干渉ではなく、共感を基準に再構成。システムは一時停止し、新たなプロトコルが内部伝播する。
数日後、空桜学院は夢管理の方針を変更。抑制から「共感育成」へ転換。
彼女は嘱託職員として戻るが、肩書はない。廊下の夢は消えなかった。
代わりに、昼休みの屋上で、令嬢と生徒が並んで弁当を食べる光景が増える。
彼女はそれを遠くから見守る。夕焼けの中、手帳に一行。「穏やかに、続いています」。


