1925年、東京・銀座の商店街。薄暗い路地裏で、井上健一は古い記帳用紙を手にしていた。
彼はかつて、帝国大学を中退し、関東大震災後に商いを始めた男だった。
その足跡は、高島屋の地下倉庫から始まり、やがて銀座の一角を支配するまでになった。
だが、それもまた追放の先にあった。
昭和3年、彼は自らの店を売却し、関西へと移住した。
当時の関西では、洋風建築が増える一方、伝統的な町工場が衰退していた。
井上はそこで新たな商いを始め、古びた木造倉庫を改装し、洋菓子と和菓子を並べる店を開いた。
その名は「まったり堂」。
ある日、通りがかりの女学生が彼の店に立ち止まった。それはかつての妻・千代子だった。
彼女は戦前から続く新聞社に勤め、現在は社会部記者として活躍している。
二人は別れ以来、二十年ぶりの再会となった。
千代子は井上の新しい商いに驚き、同時に彼の生き方に感銘を受けた。
彼女の記事は、『まったり堂』という店を特集し、多くの若者たちが足を運ぶようになった。
井上は、自分の追放を乗り越え、新たな生活を築いたことを実感した。
この時、井上が決めたルールがあった。店には「午後4時以降は客を断る」ということ。
そして、毎週金曜日の夜は、必ず千代子と夕食を共にする。
この二つのルールは、彼の過去と未来をつなぐ鎖となり、まったりとした日常を支えた。
この物語は、1930年代の日本の都市と町工場の変容の中で、商人としてのプライドと、追放からの再生
を描く。
大正ロマンと昭和レトロの狭間で、井上は再会と新たな人生を歩み始めた。


