東京・明治通りの旧アパート屋上に、鉄製の旗竿が風に揺れている。

屋根裏から見下ろすのは、まだ瓦礫が散らばる街。

関東大震災後十年、復興の名目で新しく建てられた高層ビル群が、地平線を斬っている。

男子高校生が、帝国大学の入試合格通知を手にした。

その日、彼は部屋の隅で古びた鎧を着て、騎士団長の儀礼を再演した。

あの時代の伝統は、今や「ハイカラさん」の笑い物になった。だが彼には、誰も知らない契約があった。

試験会場の受付で、彼は「無国籍者」として記録された。戸籍のない男は、試験の受験資格すら失う。

しかし、本物の騎士団長は、戸籍のない者でも、儀式を通せば「真の民」になるという古いルールを知って

いた。

このルールは、昭和初期に国策として廃止されたが、地下の伝承では生きている。

試験開始五分前、監督官が彼の持つ紙片を奪った。そこに書かれていたのは、「私には血も家もない。

だが、ここに立つことは許される」という誓い文。

彼が自ら筆を執った瞬間、会場の照明が一気に暗くなった。

その夜、東京の電力網が同時停電。テレビ局の放送は中断し、ブラウン管に白いノイズが跳ねる。

駄菓子屋の店頭では、『おねがいマスカット』のラベルが剥がれ、少年たちが口をあんぐり開けている。

翌朝、新聞の一面に、帝国大学の入学者名簿が掲載された。彼の名前は、赤字で印刷されていた。

そして、その横に小さな注記:「本件は、昭和三年度の国家教育法改正に基づき、特別審査による除外処置

」と。

彼は、ただの試験に合格したのではない。世界の仕組みを変えるほどの“儀礼”を、実行したのだ。

日常の癒しは、もう二度と戻らない。

ビターな笑みを浮かべながら、彼は駅前の喫茶店で、コーヒーを飲み干した。