新東京の空は常に鉄灰色だった。
1945年、関東大震災の廃墟から立ち上がったこの都市は、地下深くに浮かぶ巨大な鉄骨ダンジョン「鋼
獄」によって支配されていた。
ここでは、人々の記憶がデータとして収集され、感情の強度が生存資格に直結する。
男性向けサイト「戦士の道」を通じて転生した青年・カイは、耳の先に黒い毛皮の獣人として目覚めた。
彼の能力は「記憶の再構成」——過去の記憶を書き換える力だったが、それは同時に、自身の感情を絶えず
歪める呪いでもあった。
ダンジョン攻略の第一段階で、カイは無表情な女学生・千鶴と遭遇した。
彼女は帝国大学の在籍者であり、かつての恋人がダンジョン内で死んだことで、すべての感情を封印してい
た。
彼女の瞳には、もう何ものも映らなかった。
だが、ある日、カイが彼女の記憶の断片を触れた瞬間、その視界が揺れた——記憶の中、二人は雨の中、手
を繋いでいた。
あの日のことは、千鶴の記録には存在しなかった。
ルールは厳格だった。
感情を表現する者は、ダンジョン内の「心理圧縮器」によって精神を削られ、記憶の一部を喪失する。
カイはそれを知りながらも、千鶴の記憶を救おうとした。
その行動が発覚し、彼は罰則として「記憶の反転」処置を受けた——自分の過去を、他人の記憶として体験
させられるようになった。
そこで初めて、彼は「失恋」とは、相手を愛した記憶を、自分だけが忘れることだと悟った。
ダンジョン最深部に至った時、千鶴の記憶は完全に破壊されており、彼女の存在自体が記録から消えていた
。
カイは、自身の記憶をすべて投げ捨てて、彼女の名前を呼び続けた。
その声がダンジョンのシステムに干渉し、鉄骨の壁が崩れ、空が赤く染まった。
光が差し込み、風が吹き抜け、そして、千鶴の顔が、薄く笑った。
鋼獄は、その瞬間、機能停止した。
記憶の収集システムが破壊され、感情が自由に流れる世界へと変貌した。
カイは、自分が獣人であることに気づかず、ただ千鶴の手を握っていた。
二人の影が、新しい東京の空に伸びた。
哀愁は残ったが、それは、失われたものではなく、今を生きる証となった。


