昭和38年春、東京・足立区の団地に住む女学生は、ゴミ袋から拾った革表紙の手帳を隠す。

中には、大正末期の帝国女子学苑の卒業証明書と、消えた人の名前が並ぶ。

彼女はそれを、毎朝6時53分の上野発電車に持ち込む。窓際の席で、指でなぞる。

墨の滲みが、戦災で焼けた校舎の廊下の匂いを呼び覚ます。

手帳の持ち主は、旧華族の末裔。戦後、財産没収と「貴族制廃止」の法律で、名前すら消された。

彼女は、卒業式の日に校庭の桜の下で、手帳に「明日から、私たちはただの市民です」と書いた。

それきり、登校しなかった。誰も尋ねなかった。誰も忘れていた。

団地の奥の古本屋で、老人が「あの手帳、昭和15年まで使われてたんだよ」と呟く。

戦時中、女子学生は「学徒動員」で工場へ。

手帳のページに、油汚れと「今日も三時間働いた」の文字が残る。戦後、復興の名で、校舎は解体された。

代わりに、アパートが立ち並ぶ。卒業を祝う花束も、校歌も、消えた。

女学生は、手帳に「今日も、あなたと同じ電車に乗りました」と書き足す。

四月の最後の日、彼女は、自分と同じ制服の少女たちが、校舎跡地に建てられた新校舎の門をくぐるのを見

た。

その日、手帳を団地の公園のベンチに置く。桜の花びらが、十年ぶりに吹き抜ける。

次の朝、手帳は消えていた。代わりに、ポケットに小さな紙片。手書きで「卒業おめでとう」。

誰が書いたか、分からない。でも、彼女は笑った。

電車の窓に映る自分の顔に、初めて、戦前のあの桜の色が重なった。

手帳は、誰かの卒業を、誰かの日常を、ただ、温かく、忘れずに、繋いだ。