1963年、東京・杉並の団地で、追放された旧華族の娘・千代子は、父の遺品として届いた木箱を開ける

中には、昭和15年の帝国大学医学部の講義ノートと、関東大震災後の復興工事で使われた赤い電車の切符

三枚。

切符の裏には、誰にも読まれぬように書き込まれた「御用達の名前」——それは、戦前から続いた宮廷陰謀

の印だった。

千代子は、父が「医学部で毒薬の研究をやめさせられた」と口にしていたことを思い出す。

戦後、皇室関係者の病院搬送に使われたこの赤い電車は、実際には、非公開の薬物実験を担う移動実験室だ

った。

切符一枚で乗れるのは、指定された病院と、その隣接する「特別収容施設」——そこは、戦前の貴族の子息

を「精神異常」として隔離した場所だった。

彼女は、第三枚の切符の日付を確認する。1945年8月14日。終戦の前日。

父は、その日、皇族の嫡男を毒殺したとされる「不審死」の直後に、自宅で首を吊った。

だが、切符の裏に書かれた暗号は、毒は「医師が与えた」ではなく、「患者が飲んだ」ことを示していた。

千代子は、団地の裏の古本屋で、戦前の新聞の縮刷版を手に入れる。

昭和15年、帝国大学の教授が「薬物による記憶操作」の研究を進めていたという記事が、消されたように

削られている。

しかし、その月の「東京電気軌道」の運行表には、赤い電車が「特別運行」として、皇居近くの病院に毎週

一回、深夜に出入りしていた記録が残っていた。

彼女は、最後の切符を使って、その病院の跡地へ向かう。

今は廃墟になった建物の地下に、父が隠した録音機が埋まっていた。起動すると、父の声は流れない。

代わりに、数人の女性の呼吸音と、小さな童謡が流れる——「あんたがたどこさ、関西さ」。

戦時中、皇族の子供たちが、記憶を消される前に、母親に歌わされていた歌。

千代子は、切符を焼く。火が消えると、録音機は自動で破壊された。

その直後、団地の隣に住む老女が、彼女の手に握られた灰を見つめ、「あんたも、あの人たちの血筋ね」と

呟く。

その声は、誰にも聞こえない。

ただ、千代子の胸に、昭和の匂い——鉄の味と、おせんべいの焦げた香り——が、静かに残った。

彼女は、赤い電車の切符を、団地のゴミ置き場に捨てた。

それから、毎日、同じ時間に、駅のホームで、赤い電車の音を聞くようになった。

誰も、それが幻だと気づかない。

誰も、それを消そうとはしない。

ノスタルジックな空気は、もう、彼女の体内に、記憶として、生きている。