2023年秋。東京都心の地下鉄渋谷駅改札機に、エルフの学生証が接触する。
カード表面に浮かぶQRコードが読み取られ、端末が「種族間交流許可:有効期限残り47日」と音声なし
で表示。
改札が開く。
彼女の尖った耳は、髪を結んだリボンで隠せない。周囲の通勤客は視線を逸らすが、誰も声を出さない。
これは「現代=種族共存法施行後12年目」の日常。
法律は、エルフの聴覚過敏を配慮し、公共空間の音量上限を65dBに固定。
駅構内のアナウンスは自動で低音化され、電光掲示板の文字サイズも拡大されている。
午後三時。帝国大学附属図書館の閲覧席。彼女は机の下で、手袋をはずす。
指先の淡い緑色が微かに見える。隣席の男子学生が立ち上がり、ノートを閉じる。彼女の視線が追う。
その瞬間、彼のスマートフォンが自動起動——「告白支援アプリVer.3.1」が起動。
画面に「相手の種族:エルフ(混血度78%)/交流許可状態:有効/告白成功確率:83.6%」と表示
。
彼はアプリの「実行」ボタンを押す。すると、机の上に小さな箱が現れる。
中身は「スイート・アレルゲンフリー・チョコレート」——エルフの免疫系に適合させた特別製。
包装紙には「告白完了証明書(電子印鑑付)」のQRコードが印刷されている。
彼女はチョコを手に取る。指が震えない。箱を開けると、中には小さな紙片が一枚。
そこにプリントされたのは、法務省認定の「種族間感情表明届出書」の控え。
氏名欄に「山田 花子(エルフ)」、相手欄に「佐藤 健太(人類)」。
提出日時:2023年10月17日15時08分。
彼女は紙片を折り、ポケットにしまう。駅へ戻る途中、歩道のベンチで一息つく。
スマホの通知がひっそり来る。「告白受理完了。交流期間延長申請可能(最大90日)」。
彼女は通知を閉じ、空を見上げる。秋の陽差しが、耳の先を優しく照らす。
この日、彼女の「女性向け」登録が、自治体システムから自動更新される。
新規登録項目に「恋愛行動記録(任意)」が追加され、チェックボックスに「はい」が選択される。
夜。自宅の団地マンション。ブラウン管テレビが静かに点灯し、「お茶の間タイム」のCMが流れる。
彼女は窓際で、耳の先をそっと触れる。そこには、今朝つけた小さなピアスが光っている——銀色の星形。
告白は終わっている。
交流は始まっている。
スイートは、法律の隙間で、静かに育つ。


